ミョウガはまた来年♪

ミョウガの風味

茗荷という野菜は、日本独特の香味野菜の一つで、ほのかな苦味としゃきしゃきした食感が、何とも言えない清涼感を感じさせてくれる野菜です。

個性的な苦みは子供には食べにくいかもしれないですね。

私も子供の頃にはたべれなかった。

大人にならないとこの味の良さは近いできないのかも(*^-^*)

ミョウガ

 

山にはどこの家にもミョウガが植えてあります。

植えてるのかな?自生してるのかもしれない。

「勝手にとってね」って言ってくださるので、お言葉に甘えてちょいちょい収穫させていただきます。

でも、ミョウガをみつけるの結構難しいんです(笑)

ミョウガのお花

ところが先日いってみると、ミョウガの旬は終わり、草もたおれていたけれど、足元を覗いてみたらちらほらとお花が咲いていました。

 

ミョウガはお花が咲くとふかふかになっておいしくないけれど、まだ大丈夫かな・・

ふわふわになってると美味しくないですけど、抑えて実がしっかりしてるのは大丈夫です♪

花のくっついたミョウガを集めて収穫しました。

花が咲いていたおかげでミョウガを見つけるのが簡単でした。

でももう今日で最後だね。

ミョウガの味と香り

みょうがって個性的な味と香りがしますね。

でもパクチーみたいな激しい自己主張というわけでもないと思うのだけれど、栽培しているのは日本だけだそうです。

ミョウガの切り方。

輪切りにするとおネギのようでかわいいなあ・・・って素麺のときにはよく輪切りにします

ネギとは一味違った風味になるので、面白い。

素麺には欠かせない薬味だけれど、もっと使えるものもありそう。

たてにきるとシャープな印象

キューリと一緒に使ってみるときれいだよね。

キューりも細切りにして尿がもシャープにして、味付けは塩昆布とごま油♪

スイカとミョウガ

スイカを作っている方からスイカを頂いて、残ったスイカの皮もおいしそうだったので、塩で洗ってミョウガと混ぜてみました。

ついでに山で撮ってきた自生の三つ葉も一緒に♪

 

スイカの赤いところのほんのりとした甘みと塩味は絶妙。

もしかして!赤いところよりも好き!

夏から秋へ

ミョウガが終わるころには柿が大きくなっています。

栗も小さい実がころころと転がっていて、かわいいから拾おうとして青々としたとげを甘く見た私はとげに刺されてビックリした(笑)

まだまだ暑い日が続いているけれど秋は確実に近くになっている。

 

 

オマケ♪

ミョウガの話

子供の頃、ミョウガを食べると物忘れをするといわれてました。

私の物忘れはミョウガのせいかもしれない(=゚ω゚)ノ

面白かったのでちょっとお借りしました♪

貼り付け元  <http://www.asahi.com/food/cooking/TKY200708020272.html>

茗荷の名前の元になったお坊さんは、周利槃特(しゅりはんどく)という。周利槃特は、天竺(インド)の北部に生を受け、兄の摩河槃特(まかはんどく)と共にお釈迦様に弟子入りした。兄は賢く、お釈迦様の教えをよく理解し、深く仏教に帰依したが、弟の周利槃特は物覚えが悪く、自分の名前すら覚えられなかった。そのため、托鉢に出かけても、お釈迦様の弟子として認められず、乞食坊主扱いをされ、お布施を貰うことが出来ない。お釈迦様はこれを憐れみ、「周利槃特」と書いたのぼりをこしらえて「明日からこれを背負って托鉢に行きなさい。もし名前をたずねられたら、これでございますと、のぼりを指差しなさい。」といわれた。次の日から托鉢の時にのぼりを背負っていくと、人々はお釈迦様の書かれたのぼりをありがたがり、たいそうなお布施をいただくことができるようになったそうである。

さて、兄は、物覚えの悪い弟に、何とかお釈迦様の教えを覚えさせようと手を尽くしてやるが、弟の方は、朝に覚えていたものを昼には忘れてしまう。周利槃特は、自分のおろかさに涙を流して途方にくれた。それを見ていたお釈迦様は「自分が愚かであると気づいている人は、知恵のある人です。自分の愚かさを気づかないのが、本当の愚か者です。」といわれ、ほうきを周利槃特に渡して「ごみを払おう、あかを除こう」と唱えて掃除をしなさいと教えた。

その日から周利槃特は、雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も、毎日「ごみを払おう、ちりを除こう」と唱えながら掃除をし続けた。やがて「おろか者の周利槃特」と呼ぶ人はいなくなり、「ほうきの周利槃特」と呼ばれるようになった。そして数十年経ち、周利槃特は自分の心のごみやあかを全て除き、阿羅漢と呼ばれる聖者の位にまでなったのである。お釈迦様は、「悟りを開くということは決してたくさんのことを覚えることではない。わずかなことでも徹底すればよいのである。周利槃特は徹底して掃除をすることでついに悟りを開いたではないか。」と大衆の前でおっしゃった。その後、周梨槃特が亡くなり、彼のお墓にあまり見たこともない草が生えてきた。彼が自分の名を背に荷(にな)ってずっと努力し続けたことから、この草は「茗荷(みょうが)」と名づけられたということである。

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